東米里校にOB水野君・佐々木君が、顔を出してくれた!

東米里校にOB水野君・佐々木君が、顔を出してくれた!

写真左から水野、佐々木=(写真・佐々木さん提供)

 少し遡りますが、毎週水曜日に札幌市白石区の東米里室内練習場で行われていたキッズファインベースボールスクール・投手コースに2月10日、3年前まで通っていたOBの水野楓海君(中3・札幌手稲ボーイズ出身)、佐々木陵太君(中3・札幌ボーイズ出身)が、高校合格の報告に2人一緒に顔を出してくれました。

 水野君は4月から札幌静修高等学校へ、佐々木君は札幌龍谷学園高等学校の進学を決め春から新たなステージ「高校野球」に意欲を示した!

水野君は札幌手稲時代、打線では中軸を担い守備では捕手兼投手としてボーイズの最高峰大会「日本少年野球春季北海道選手権大会・準優勝」に貢献した。

同チームは本来であれば関東大会へ北海道代表として出場する予定だったが大会中止。

うっすら分かっていたが現実に突き付けられると受け入れるまでに少し時間が掛かった。

今はしっかり前を向き、この悔しさを次のステージ高校野球で晴らしてくれるはずだ。

<水野君に質問>

中学野球の一番の思い出は、と聞くと。

「選手権大会・準決勝で勝利できた。中学1年の時から目標としていた大会で加えて全国大会出場を決めたから」と力を込めた。

同選手は札幌市立篠路小学校1年時に地元の篠路ビッグファイヤーズで野球を始める。

当時から元気に声で捕手としてチームをけん引した。

スイングスピードでは中学3年時に記録した136キロが最高だ。

高校野球に向け「甲子園出場」と意気込む!

〇水野 楓海(みずの ふうま)

札幌市出身

出生時:3,488グラム

中学3年 札幌手稲ボーイズ

捕手 兼 投手

篠路ビッグファイヤーズ出身

右投げ、右打ち

170センチ、65キロ

家族は両親と姉、妹の5人。

先発した水野投手

写真左から越中監督(撮影時コーチ)、水野選手

佐々木君は札幌ボーイズ時代、攻撃ではパンチ力を武器に守備では中堅手として「北海道ボーイズリーグ支部長杯・準優勝」に貢献した。

<佐々木君に質問>

中学野球の一番の思い出はと聞くと

「3年生最後のリーグ戦、北海道ボーイズリーグ支部長杯で今年一度も勝てなかった函館ボーイズに全員一丸でサヨナラ勝利できたこと」と思いだす。

野球を始めたのは札幌市立平岸小学校2年時に平岸ファイターズで野球を始める。

後にshojies Jr.、中の島ビックタイガースで学童時代を過ごし、2年上の兄を追うように中学野球は札幌ボーイズに進んだ。

中学からは持ち味の強肩を活かし外野手に専念。

スイングスピードは中学2年時に116キロを計測。

高校野球に向け「自分のプレーに自信を持ち、周りの人よりも飛び抜けた選手を!」と目を輝かしながら理想を描く。

佐々木選手=(写真・本人提供)

スインスピードに挑戦した佐々木選手

〇佐々木 陵太(ささき りょうた)

札幌市出身

出生時:2,828グラム

中学3年 札幌ボーイズ

中堅手

中の島ビックタイガース出身

左投げ、左打ち

170センチ、65キロ

家族は両親と兄(札幌龍谷2年)の4人。

<発行人より>

最終学年では、様々な苦難の中2人は充実した中学野球を送ったものと想像します。

野球ができない悔しさ、できる喜びを実感した一年間。

同時に頑張る子供たちを見守る父母も子供の成長を信じ、こんな時だからこそ丁寧に、そして温かく下支えがあったがゆえに苦難を乗り越えていったものと想像する。

私が関わったのは学童時代。

人生において、ほんの一瞬の出来事。

当時、小さかった2人、まだ自信なさげだったこともあったっけ。

取材先で会うことはありましたが、久しぶりにゆっくり話をしました。

2人ともに人としての成長も感じた。

身体も大きく逞しくなってきた。

この先も応援しております。

がんばれ「ふうま」「りょうた」!

写真左から佐々木、発行人、水野

撮影:東米里室内練習場

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