スポ少全国、JBC玉城初優勝!

スポ少全国、JBC玉城初優勝!

応援団に優勝の報告をするJBC玉城ナイン

第34回全国スポーツ少年団軟式野球交流大会

JBC玉城14安打の猛攻

スポ少全国で初頂点!

6日、札幌ドーム

初回、7回と集中打で全国掴む!

北海道札幌で8月3日に開幕し6日札幌ドームで決勝戦を向かえた。創部8年目JBC玉城(三重県)対多賀少年野球クラブ(滋賀県)1回表にJBC玉城は5長単打の5得点を挙げ試合の主導権を握る、4点差となった7回には無死1・2塁から6番板倉君がセンターオーバー適時打など一挙3点を挙げた。最終回1点献上するも8-2で創部8年にして全国初制覇を成し遂げた。

◆決勝戦

JBC玉城

5000003 8

0000011 2

多賀少年野球クラブ

(玉)矢野-中西

(多)平木、平塚、三木、平木-大橋、三木、平塚

完投で優勝投手となったJBC玉城矢野恵吾投手

◆矢野恵吾投手のコメント

4回あたりが力が入ってしまった。でも全国優勝はめちゃくちゃうれしい!

JBC玉城の主将伊藤雄威君

◆JBC玉城スポーツ少年団 主将伊藤雄威選手のコメント

全国制覇はすごくうれしい。決勝で戦った相手とまた何処かのグラウンドで逢える日を楽しみにしている

豪快なバッティングの中西一真選手、1回表右前打で勝利打点を挙げた。

まさかの大差には・・・、

JBC玉城は14安打8得点の猛攻を見せた。一回表多賀投手陣の立ち上がりを攻め立て、一死1・2塁から四番加藤君のセンターオーバー2点適時打三塁打などこの回打者9人の猛攻で5点を挙げ、一気に試合の主導権を握る。打線もさることながらエース矢野恵吾投手の快投、そしてけん制は圧巻だった。追撃の多賀少年野球クラブから2回、3回、4回と全部で4回のけん制死をやってのけた。凄まじく足のターンが速い!また若干軸足が沈み込む感が、ホーム方向へ投げる風に走者は錯覚する。ここに矢野投手の上手さがある。多賀少年野球も劣勢を挽回しようと8安打放つも、このけん制でチャンスを尽く潰した。JBC玉城では投手育成にクイックは3年生から、けん制は4年生から指導している。けん制についての秘伝の指導は残念ながら聞くことは出来なかったが、会場に来たどさんこ少年野球関係者は貴重なプレイを見れたはずだ。

創部8年で初の全国制覇!

高口監督に迫る。

優勝した選手たちを見つめる高口一彦監督(46)

平成11年玉城町スポーツ少年団(三重県)高口一彦氏はコーチ三年を経て監督に就任した。その手腕ぶりは初年度から発揮!平成11年全日本学童出場しベスト16進出、平成15年全日本学童出場しベスト16進出。しかしこの翌年、チームの方針や考え方の違いでチームを出ることとなる。

“ゼロ”からのスタート!

平成17年JBC玉城としてスタートした。ボールも無い、バットも無い、グラウンドも無い。何も無い“ゼロ”からのスタートだった。しかしありがたいことに、少年野球に理解のある会社さんが、グラウンドを提供してくれた。両翼55m弱フルサイズとはいかないが何よりも自前のグラウンドがありがたかった。またファイトが沸いた。しかし頻繁に使用していなかったグラウンドだけに、まずは雑草抜きからだったことを今でも忘れない。当時も今も代表の中井 保(58)、相馬コーチ、大西コーチ、加藤マネージャーもあの頃のスタートは忘れない。「彼らの努力や気持ちの結集が今回の全国制覇という偉業に結びついたと思っている」と高口氏。昨年創部7年目にして初の全国大会、全日本学童へ出場した1回戦の相手は、昨年同大会優勝チームの長曽根ストロングス(大阪府)に惜しくも0-1で敗れた。全国での勝利の難しさを改めて知る。そして今年、厳しい予選を勝ち抜いて全国スポーツ少年団軟式野球交流大会へ出場した。JBC玉城は今大会三重県代表として出場した思いが強い。「創部からここまで何度も助けられた友好チームがある。今大会の出場にあたり数多くのチームが敗れ去った、そうした仲間の分まで全国で戦ったつもりだ。この結果が三重県の少年野球の発展に少しでも役立てばと願っている」と同球団・監督高口一彦氏。

創部秘話の一つに、たいへんだった一年目の当時エースだった坂本君が、今年夏の甲子園で三重県代表として松坂高校・遊撃手として出場している。

決勝を前に

決勝の相手が多賀少年野球クラブと決まった瞬間・・・・、

「多賀さんとはやりづらい・・・、お互い手の内は知り尽くしている、今回のゲームを左右した初回。もし初回動いていたら5点も入っていなかった思う、動いていたらその動きを先読みされ封じ込まれていたと想像する。そこまでの相手だけに、選手を信じて選手に任せた。略ノーサインで立ち上がりは臨んだ!」実は高口氏と辻氏(多賀少年野球クラブ・監督)は普段から交流があり、とくに仲が良い監督同士。準決勝終了後二人は、札幌観光をしてたという。天下分け目の大勝負前に、敵同士の大将が仲良く観光とは、本来ならば想像つかないが、それらを超越した盟友と推測する。

多賀少年野球クラブベンチ前

左からJBC玉城高口監督と多賀少年野球辻監督

6日の夜

決勝を勝利した瞬間、JBC玉城代表の中井 保氏の携帯電話に三重県玉城町役場総務課から連絡が入った。「玉城町についたら役場に向かってくれ」選手・監督・関係者が玉城町に着いたのは、決勝を終えてから11時間後の6日夜10時。なんと事前に町内放送で「JBC玉城が全国スポーツ少年団で全国制覇を成し遂げた」などと放送があった。夜中だというのに、町長、副町長、町職員、町民が役場前に選手たちの顔を一目見ようと約200人以上が集まり祝福してくれた。

試合前のJBC玉城ナイン

試合前の多賀少年野球クラブナイン

また来年この地札幌で、決勝で戦ったJBC玉城と多賀少年野球を観たい(発行人大川祐市)

取材協力:JBC玉城高口一彦氏

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