
【札幌市南区の野球専門店】スポーツショップ古内の社長
古内克弥のコラム No.151
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生まれた時からグラブ職人!?
吉川氏に会ってきました。

こんにちは!
いつもコラムをお読みくださいましてありがとうございます!
今回は、生まれた時からグラブ職人!!という世にも珍しい人に会ってきましたので、そのご報告をいたします。
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グラブの街 三宅町
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5月頃のこと。
奈良県三宅町という街をご存知でしょうか?
この街、実は
「グラブの街」と言われています。
奈良県はもともと、
毛皮や革製品、靴下など、様々なモノづくりが盛んな街ですが、
その中でもとりわけ野球用具の生産が盛んな地域となります。
なんと日本中のグラブの90%は奈良県で作られていたこともあるほど、奈良県はグラブが地場産業となっています!
とくに奈良県の三宅町は、
ふるさと納税でもグラブが返礼品となっていますし、
100年以上もグラブを作り続けている街です。
何度かテレビでも取り上げられていたことがありますから、もしかしたらご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね!
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グラブの歴史
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グラブは元々、1877年に普通の手袋のようなグラブを使っていました。
1886年に、ジョージとアルフレッドのローリングス兄弟(現ローリングス)によって指先まで隠れる現在のグラブのような形のグラブが作られました。
余談ですが、
野球自体は1861年頃にアメリカで始まったと言われ、日本に伝わったのは1876年頃と言われています。
最初は素手で野球をしていたようですよ!
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三宅町で
作られるようになったのは?
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奈良県三宅町でグラブが作られるようになったのは、1921年のことです。
それまで、ミズノが1913年にグラブを作ったと言われていますが、そのミズノから、「グラブの革の裁断をお願いしたい」という依頼を受けた坂本徳治郎さんという方が作り始めたようです。
そして戦後、野球人口が増加したことによりグラブの需要が爆発!
しかもアメリカからも「グラブを作ってくれ!」という依頼も増加し、
なんと年間587万個も海外に輸出していたそうです!!!!!
年間587万個ですよ!?
ものすごい量です!
中でも三宅町では全国の60%もの量を作っていたため、職人が足りなくて、どんどん三宅町に集まってきて、街はグラブ職人でごった返していたようです。
これにより、奈良県の周辺の街もグラブの生産を始め、奈良県全体で、全国の90%ものグラブを作ることになったというわけです。
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グラブ職人の孫
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さて、今回私が会いに行ってきたのは、そんな三宅町で生まれ、
生まれた時からおじいちゃんもグラブ職人、お父さんもグラブ職人。お兄さんもグラブ職人。
そして自分自身もグラブ職人という
「川正敏」さん。
グラブに関する革の知識
グラブ作りの工程に関する知識
グラブの形の知識
などなど、当たり前のように深い知識をお持ちでした。
グラブの革を裁断する時は、革の繊維の伸びを考慮して、こういった角度で取るといいんですよ。とか。
脂の多い部分はこのパーツとして使う。
繊維の方向に合わせてこのパーツとして使う。
厚みのある部分はこのパーツで使う。
ウェブ周りの指のパーツは厚みのある革にしたい。

といったように
1頭の牛の革をどのように切るか。
まるでパズルのように最適な組み合わせを探して作っていくわけです。
この革の裁断という作業によって、グラブの良し悪しも決まってきます。
伸びやすいグラブになってしまうこともあります。
裂けやすいグラブになってしまうこともあります。
ゆがみやすいグラブになってしまうこともあります。
逆に、
「うおお!これはめちゃくちゃいい革だ!!!」
と感動するグラブに出くわすこともあります。
1頭の牛の革の中で
「この範囲だけ最高!」ということもあるわけです。
ですが、その範囲以外を捨てるのはもったいない。
グラブとして使えないわけではないから、そりゃあ使いますよね。
使い切らないとグラブの値段は高くなってしまいますからね。
グラブとの出会いは一期一会。
それは、
「裁断の時点で仕上がり具合は変わる」
ということを意味しているのかもしれません。

話は戻りまして、
その川さんは、先ほどお伝えしました通り、
おじいちゃんもグラブ職人
お父さんもグラブ職人
お兄さんもグラブ職人
そして自らもグラブ職人という
グラブ職人一家なわけです。
小学生でランドセルを背負って学校に行き、
学校から「ただいまー!」と帰ってきたら・・・
家のドアを開けたらグラブのにおいが漂ってくる。
おじいちゃんやお父さんがグラブを作っている。
裁断機の音が聞こえ
ミシンの音が聞こえ、
グラブを仕上げるパンパンという音が聞こえる。
五感全部でグラブの誕生の瞬間を感じてきた方でした。
そんな
「五感」
をテーマに作られた
「FIVE」
というグラブが誕生しました。

品質を最高レベルで保つため
ブラックのみ
4型のみ(投手、内野手×2、外野手)
でこだわりぬいて作ったグラブ。
紹介動画も作成しましたので、ご興味のある方はご覧になってみてください。
YouTube
スポーツショップ古内にも、6月中に入荷の予定となっております。
五感を感じたいグラブマニアの方、お待ちしております(笑)
今回のコラムはいかがでしたか?
私は、ついつい職人と会うと興奮してしまいます。
私もゼットの工場で働いていたころにグラブに興味は持っていましたが、革の繊維方向に対してどう裁断するか、など、そういった視点には行き着いていませんでした。
生まれながらに職人ということは、無意識のうちにやっていた特殊製法などもあったことでしょう。
一日中話し合うことが出来たわけではないので、深く深くふか~い話とまでは行きませんでしたが、今度食事でもしながらグラブ作製談義でもしたいなと思いました。
今回も、最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!
――――――――――<コラム著>――――――――――
株式会社スポーツショップ古内
代表取締役社長 古内克弥
1982年4月15日生まれ
小学5年生の時に家業であるスポーツショップ古内の販売をお手伝いした時に、接客の楽しさを経験し、将来の夢を「スポーツショップ古内をでっかくする」に設定する。
サッカー、バレーボールをメインに15種目ほどの競技を学び、大学で経営学を学んでゼット株式会社に入社。
ゼット株式会社では、グラブ工場で一年間グラブ製作に携わり、グラブの知識を覚える。
三年間の修行を経てスポーツショップ古内に入社する。
2017年、代表取締役社長に就任。
札幌市のスポーツ&カルチャーフェスティバル「スポカル」の副実行委員長もつとめ、スポーツ普及に携わる。
学校や企業への講演依頼も年に10回ほど受け、経営、マーケティング、地域活性化などのテーマで話をしている。
<バックナンバー>
No.16〜17はセールの予告でした。
No55
