三浦の逆転弾、土壇場で同点 タイブレークで惜敗も初出場で堂々4強
千葉県千葉市で行われた「第24回千葉市長杯争奪学童野球選手権大会」で30日、北海道代表の上磯有川野球スポーツ少年団は準決勝でオール江戸川(東京都江戸川区)と対戦し、七回タイブレークの末、5-9で惜敗した。初出場ながら2連勝で全国ベスト4まで駆け上がった上磯有川。その躍進を支えたのは、最後まで諦めず仲間を信じて戦う「全員野球」だった。
イニングスコア
◆準決勝(8月30日、ZOZOマリンスタジアム)
上磯有川野球スポーツ少年団(北海道)(2)3-3(6)オール江戸川(東京都江戸川区)
オール江戸川
1001106=9
2000012=5
上磯有川野球スポーツ少年団
(七回タイブレーク)
(江)吉原、高瀬、長澤ー高瀬、吉原
(上)奈良、神、古谷ー三浦
▽本塁打:渡邉RH、長澤RH(江)、三浦RH(上)
「10点を取りに行く」――全国決勝を懸けた真っ向勝負
勝てば全国決勝。
ZOZOマリンスタジアムで迎えた準決勝を前に、佐藤学監督が選手たちへ伝えていたのは、守りに入ることではなかった。
「10点は取りに行く野球をしよう」
相手は東京都江戸川区のオール江戸川。選抜チームも集う大会を勝ち上がってきた強敵に対し、上磯有川は真正面から自分たちの野球をぶつけた。
初回に1点を先制されたが、その裏、二死から3番・佐藤銀志(6年)が出塁。続く4番・三浦遙斗(6年)が左中間を破る一打を放った。
三浦は迷わずダイヤモンドを駆け抜ける。
逆転の2点ランニング本塁打。
2-1。全国決勝を懸けた大一番で、上磯有川がいきなり試合をひっくり返した。
しかし、準決勝ともなれば簡単には勝たせてもらえない。
四回に追いつかれ、五回には勝ち越しを許した。佐藤監督も先発・奈良陽斗(6年)から神朝陽(5年)、古谷賢志(5年)へと投手陣をつぎ込み、持てる力を注ぎ込んだ。
試合後、佐藤監督は相手の力を率直に認めた。
「選手には10点は取りに行く野球をしようと話し、挑みましたが、準決勝ともなると相手の打撃も素晴らしく、ピッチャー陣もフル投入しましたが力及ばず悔しい敗戦となりました」
六回二死、三浦が奪った「執念の1点」
2-3。
大会規定による六回の最終回。上磯有川は一死一、二塁とし、土壇場で同点、逆転のチャンスをつくった。
しかし、打球は内野へ。
オール江戸川は併殺を狙った。
アウトになれば試合終了。その瞬間、三塁走者の三浦が動いた。
相手守備が併殺を完成させようとするわずかな隙を突き、一気にホームへ。全力疾走で本塁を奪い取った。
3-3。
土壇場で試合を振り出しに戻した。
佐藤監督にとって、このプレーは単なる同点の1点ではなかった。
「最終回の同点に追いついた時は、ゲッツー崩れの隙に全力疾走の三浦がホームを奪い、チームが一丸となった瞬間でした」
初回に逆転本塁打を放った三浦が、今度は足でチームを救った。
そして三浦がホームを踏んだ瞬間、グラウンドとベンチが一つになった。
全国大会で上磯有川が見せてきた粘りを象徴するような1点だった。

6点を奪われても、誰も諦めなかった
3-3のまま迎えた七回は、大会規定による一死満塁、継続打順からのタイブレーク。
ここでオール江戸川の打線が牙をむいた。
先頭打者にセンター前へ運ばれて2点を勝ち越されると、さらに四球を挟み、満塁から5番・長澤凛空にライトオーバーとなる走者一掃のランニング本塁打を浴びるなど一挙6点。
3-9。
一気に6点差となった。
それでも上磯有川は、最後の攻撃を簡単には終わらせなかった。
一死満塁から9番・木村純大(6年)が内野安打を放ち1点。次打者が倒れ、あと一つアウトを取られれば試合終了という場面でも、2番・沓澤結月(5年)が押し出し四球を選んだ。
5-9。
なおも食らいついたが、最後は後続が倒れゲームセット。
全国決勝には届かなかった。
それでも、最後の最後まで攻撃を終わらせようとしなかった姿に、このチームの成長があった。

「気持ちを表現することが苦手だった」選手たちが変わった
佐藤監督が千葉市長杯を通じて感じた成長は、打撃や守備といった技術だけではなかった。
「一年を通して気持ちを表現する事が苦手な子供達でしたが、今大会は子供どうし助け合い励ましあって粘り強く闘う事ができるようになりました」
先制されても逆転した。
再びリードされても追いついた。
タイブレークで6点を失っても、最後の攻撃で2点を返した。
苦しい時に声を掛け、励まし、次の一人につなぐ。
佐藤監督が一年間かけて見てきた選手たちの変化が、全国の大舞台、それも追い込まれた場面で表れた。
そして、その「助け合い、励まし合う」という言葉を象徴する存在が、ベンチの中にもいた。

小館と神尾――スコアブックには残らない力
6年生の小館颯士と神尾将斗。
2人は決して多くの出場機会に恵まれてきたわけではない。
入団時期などの違いもあり、レギュラーとして試合に出続けてきた選手たちとは経験の差もある。
もちろん、2人だって試合に出たい。
その思いは誰とも変わらない。
それでも腐らず、辞めず、自分たちにできることを探し続けてきた。
小館は遅い時期の入団ながら、チーム練習はもちろん自主練習にも懸命に取り組んだ。そして誰にも負けないような声を出し、試合ではコーチャーという役割にも全力を注いできた。
神尾も試合に出られない悔しさを抱えながら練習を続けた。
何より野球が好きだった。
その思いは知識にもつながり、仲間からは「野球のルールなら神尾に聞けば分かる」と頼られるほどになった。
試合に出て結果を残すことだけが、チームへの貢献ではない。
2人は自分たちの姿で、それを示し続けてきた。

「この2人を全国に連れて行く」
そして何より、小館と神尾の頑張りを仲間たちが見ていた。
周囲からは「最終回、サヨナラの場面で代打を送るなら、この2人でもいい」と言われるほど信頼されていたという。
さらに6年生たちには、こんな思いがあった。
「この2人を全国に連れて行く」
その言葉に、上磯有川というチームの強さがにじむ。
だが、全国4強までたどり着いた今、見方を変えればこうも言える。
小館と神尾もまた、仲間たちを全国へ連れてきた一員だった。
ベンチから声を送り、コーチャーとして走り、仲間を励まし、いつ来るか分からない出番に備え続けた。
小館と神尾が仲間を支え、その仲間たちもまた2人のために戦った。
だからこそ、佐藤監督が語った「チームが一丸となった瞬間」は、三浦がホームを奪ったあの一瞬だけではない。
そこへ至るまでに積み重ねてきた一人ひとりの姿があった。

「また同じ舞台で」敗戦を次への約束に
全国決勝へ進んだのはオール江戸川だった。
佐藤監督は敗戦を受け止めながら、相手への敬意、そして選手たちの未来へ言葉を向けた。
「対戦相手も我々と同じく努力して来た選手達です。感謝しかありません。負けたからには又努力して同じ舞台でリベンジしに帰ってきましょう。今大会参加に支えて頂いた父母、関係者の皆様には大変感謝しております。今後も感動を一緒に出来るよう努力してまいります」
「同じ舞台でリベンジしに帰ってきましょう」
千葉市長杯・初出場で全国ベスト4。
しかし、上磯有川の千葉市長杯を「4強」という結果だけで語るのは、少し違う。
三浦のランニング本塁打はスコアブックに残る。
奈良、神、古谷がつないだ投球も残る。
木村の内野安打も、沓澤が選んだ押し出し四球も記録として残る。
だが、小館がベンチから送った声の大きさは記録されない。
神尾が仲間を励ました回数も数字にはならない。
試合に出られない悔しさを抱えながら、それでも仲間のために動き続けた時間もスコアブックには残らない。
それでも、その力は確かにあった。
誰かのために声を出し、誰かのために走る。そして、その頑張りを仲間が決して見逃さない。
5-9というスコアの向こう側にあった、上磯有川の「全員野球」。
それこそが、初めて挑んだ全国・千葉市長杯の舞台でベスト4まで駆け上がった上磯有川の、本当の強さだった。

協力:上磯有川野球スポーツ少年団
