札幌新琴似リトルシニアで昨シーズンプレーした渡邊翔天(中学3年)が、4月から山口県の強豪・高川学園高等学校へ進学することが分かった。決して派手な存在ではないが、着実に力を伸ばし、3年生最後の大会となったゼット杯では調整を成功させ、優勝に貢献。自ら選んだ挑戦の舞台へと歩みを進める。
ゼット杯でつかんだ手応え
渡邊は昨シーズン、投手兼外野手としてチームに関わった。大きく目立つタイプではないが、その時々に求められる役割を果たしながら経験を積んできた。
特に印象的だったのが、3年生最後の大会となったゼット杯だ。
大会に向けてコンディションをしっかり整え、自身の持ち味を発揮。大舞台で大きな数字を残したわけではないが、チームの流れを支える一員として優勝に貢献した。
中学3年間の積み重ねが、最後の大会で一つの形になった瞬間だった。
強豪校で自分を試す決断
進学先の高川学園は、2025年夏の甲子園(第107回大会)に続き、2026年の第98回選抜大会への出場も決めている全国屈指の強豪校。秋の中国大会で準優勝を果たし、春夏連続で全国の舞台に立つ。
なぜ北海道を離れ、山口を選んだのか。
「設備がとても充実していて、天然芝のグラウンドやバックスクリーンもあり、素晴らしい環境だと感じました。全国から選手が集まる厳しい世界で、自分がどこまで通用するのか挑戦してみたかった」
自分の現在地を理解したうえで、さらに上を目指す。その覚悟がにじむ選択だった。

「自分で決めた挑戦」だからこそ
北海道を離れ、親元を離れての生活が始まる。
「自分で決めた挑戦なので、逃げずに覚悟を持ってやり抜きたいです」
言葉は多くないが、その表情には迷いがなかった。
自分の意志で選んだ道。だからこそ責任も背負う。
4月1日に入寮。新しい環境での3年間がスタートする。
原点と、支えてくれた人たち
渡邊は学童時代、本誌発行人が主宰する野球教室に通っていた一人だ。
今回、合格の報告に足を運んでくれたことが何よりも嬉しかった。
当時は感情がプレーに出やすい一面もあったが、それも真剣に野球と向き合っていた証。年月を重ねる中で、心も身体も成長してきた。
中学時代に指導を受けた生嶋宏冶監督についてはこう語る。
「野球だけでなく、人として大事なことを教えてもらいました。本当に出会えてよかったと思っています」
そして両親へ――。
「送り迎えやお弁当作りなど、ずっと支えてくれました。野球を続けられたのは両親のおかげです。これからはプレーで恩返しできるよう頑張ります」
ゼット杯優勝という一つの区切りを胸に、次は全国常連校での挑戦。
派手さはなくとも、確かな積み重ねがある。
渡邊翔天の物語は、ここから新たな章へと入る。

渡邊 翔天(わたなべ しょうま)
札幌新琴似リトルシニア/3年
右投げ、右打ち
179センチ、70キロ
家族は両親と3人。
野球を始めたキッカケは幼馴染の岩原巧武君(手稲東中野球部/3年)の誘いで小学1年生から手稲東ファイターズで競技をスタートさせた。
