中学硬式野球の千歳リトルシニアを12月18日、平日練習のチーム訪問として取材した。 同チーム出身で、昨年のプロ野球ドラフト会議において読売ジャイアンツから育成2位指名を受けた千歳市出身・立正大学の林 燦投手。
クラブ史上初となるプロ野球選手誕生は、地域とチームに大きな喜びをもたらした。
その原点にある日々の積み重ね、指揮官の逆算思考、そして全国を見据える現在のチーム作り――。
千歳リトルシニアが歩んできた道と、今まさに進んでいる現在地に迫る。
「守備からリズムを、冬は打撃を」 山木大輔監督が語る、逆算のチーム作りと全国への挑戦
「限界を超えた夏」が育んだ、チームの共有認識
「今の2年生世代は、正直、難しい世代だと感じていた」 山木監督は率直にそう切り出しました。だからこそ、夏休みには朝から晩まで「びっちり」と強化練習を敢行。誰一人欠けることなくこの過酷なメニューをやり切ったことが、チームの土台となりました。
「途中でリタイヤせず、全員が乗り越えてくれた。チームとして『同じ方向を向く』という認識を共有できたことが、秋の最大の収穫です」
リーグ戦序盤、猛練習の疲労でバットが振れない時期もありましたが、それも指揮官の計算の内。「決勝トーナメントの頃に状態が上がるよう逆算していた」という言葉通り、後半になるにつれて選手たちの体力が回復し、打線も活気を取り戻しました。結果以上の手応えが、そこにはありました。
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「守備の徹底」から見えてきた投手陣の台頭と、次なる課題
山木監督がこの世代に課した一貫したテーマは「守備」です。「まず守備。その上で走塁・打撃がついてくる」という指揮官の哲学を体現するように、リーグ戦では大きなミスが少なかったことが収穫となりました。
投手陣に目を向けると、主戦として期待された左腕・鈴木立歌(千歳タイガース出身/2年)が本来の調子を出せず苦しむ中、他の投手陣がその穴を埋める力投を見せました。急成長を遂げた右腕の田中颯真(千歳みどり台シャークス出身/2年)と坂上千明(千歳タイガース出身/2年)、さらに1年生の高橋颯介(千歳ガッツ出身)らの踏ん張りが、チームを支える大きな要因となりました。
山木監督は「特に田中は、体こそ大きくないもののコントロールが抜群で、試合を作れるので野手が守りやすい。そこに坂上が要所を締め、1年生の高橋も力を見せてきた。投手陣の厚みが増し、戦力として計算が立つようになったのは大きなプラスです」と、新たな力の台頭に目を細めます。
一方で、北広島リトルシニア戦で露呈した「初回の入り」など、勝負の鉄則を再確認する場面もありました。しかし、大量失点から粘り強く追い上げた経験は、冬の練習に向かう選手たちの意識をより高いものへと変えています。
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主軸・太田と中村を筆頭に、いざ「宮崎」の全国舞台へ
来春には、宮崎で開催される全国大会への出場が控えています。チームの鍵を握るのは、キャプテンの太田健翔選手(向陽台ヒーローズ出身/2年)と、大砲の中村陽希選手(千歳ガッツ出身/2年)です。
「キャッチャーの太田はリーダーシップがあり、肩も強い。彼が座ることで守備が締まる。中村は身体があり、将来性も抜群。この2人が3番、4番としてしっかり機能すれば、得点力は自ずと上がってくる」と、主軸への期待は尽きません。
この冬、千歳リトルシニアはさらなる攻撃力の底上げを狙い、バットを振り込みます。守備の完成度を高めた先に、力強い打撃を上乗せする。「秋に点数をつけられる内容だった」と語る指揮官の眼差しは、4月1日の全国開幕、そしてその先の日本選手権へと、力強く向けられています。
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太田健翔主将が誓う「隙のない野球」への変革。秋の惜敗を糧に、全国の舞台で躍進を
「あと一歩」の悔しさが残った秋。強豪相手に見せた意地
新チームとして挑んだ秋季全道大会・リーグ戦。太田主将率いる千歳リトルシニアは2勝3敗という結果に終わりました。「夏休みに力を入れてきたことは最低限出せた」と手応えを口にする一方で、目標としていた決勝トーナメント進出を逃した悔しさは隠せません。
特に印象に残っているのは、強豪・とかち帯広との一戦。先制を許しながらも同点に追いつき、粘り強く食らいついた試合です。「とかち帯広相手にそこまで行けたのは良かったですが、追いついてからの『もう一段階の攻め』が足りなかった」と太田主将。接戦を勝ち切るための、勝負どころでの集中力を今後の課題に挙げました。
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「初回の入り」と「一球の重み」を胸に刻む
キャプテンとして、チームの課題を冷静に分析しています。大量失点を許した北広島戦を振り返り、「初回に集中しきれず、一気に流れを持っていかれた。初回を大事にできていれば、違う展開になっていたはず」と分析。
守備では、グラウンドの選手だけでなくベンチも含めた全員が「必ずゼロで抑える」という強い意志を持つこと。攻撃では、ランナーがいれば確実に転がし、フライで無駄なアウトを与えない「場面に応じたバッティング」を徹底すること。太田主将が目指すのは、相手にプレッシャーを与え続け、理想の形を貫き通す「隙のない野球」です。
冬の鍛錬を越え、春の全国大会で最高のスタートを
小学1年生の冬に紅葉台ヒーローズで野球を始めてから、常に真摯に白球を追ってきました。今は主将として、自らのプレーでもチームを鼓舞する覚悟です。 「個人としては、新人戦でのミスを春に繰り返さないよう、この冬の練習から一つひとつ集中して取り組んでいきたい」と、自らへも厳しい視線を向けます。
チームの視線の先にあるのは、4月に招待されている九州での全国大会、そしてその先に続く日本選手権です。 「全国大会で良いスタートを切り、そこからすべての大会で結果を残していきたい」
選手同士で守り方や攻撃の形を熱心に話し合う、自主性のある千歳リトルシニア。太田主将という芯の通ったリーダーのもと、北の大地の冬を越え、春には一回りも二回りも逞しくなった姿を見せてくれるはずです。
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太田 健翔(おおた けんと)
千歳リトルシニア/2年
右投げ、右打ち
173センチ、63キロ
野球を始めたのは小学1年生の当時、友達の誘いで向陽台ヒーローズで競技をスタートさせた。
主砲・中村陽希が誓う「攻守での進化」――秋の悔しさを糧に全国の舞台へ
「納得のいかない秋」を越えて。見えた守備と打撃の課題
177センチ、67キロ。恵まれた体格を誇る中村陽希選手(2年)は、現在千歳リトルシニアで「3番・サード」という重責を担っています。しかし、秋季全道大会を振り返る彼の口から出たのは、意外にも厳しい自己評価でした。
「正直に言うと、今年の秋季全道大会では、バッティングであまり手応えはなかったです」
自身の売りである打撃で結果を出せなかったことに加え、三塁守備でも「正面のゴロを焦って落としたり、ライン際の打球に触れながらも捕り切れなかった」と悔しさを滲ませます。自身のミスが失点に繋がったという自責の念が、今の彼を突き動かす原動力となっています。

持ち味の「鋭い打球」に磨きをかけ、真の主軸へ
苦しんだ秋ではありましたが、3番打者としてランナーを還す勝負強さは発揮しており、「打点はそれなりに付いている」と一定の成果も口にします。
自身の持ち味を「鋭い打球を打てるところ」と分析する中村選手。今後はその長所を伸ばしつつ、明確な課題として浮き彫りになった「変化球への対応」や「外角・球威のあるストレートへの対応」の克服に全力を注ぎます。
「そこは自分の中でもはっきりとした課題。これまで以上に磨いていきたい」と語る瞳には、チームの得点源としての強い自覚が宿っています。
目指すは4月の全国大会。勝利に貢献できる選手へ
小学4年生の冬、友人に誘われて「千歳ガッツ」で野球人生をスタートさせた中村選手。
当時の純粋な野球への情熱は、今、より高いレベルでの勝利と結果を強く求める思いへと変わっています。
「チームとしての目標は、来年4月の全国大会で1つでも多く勝つこと。個人としては、強みであるバッティングと課題の守備をしっかり練習して、チームの勝利に貢献できる選手になりたい」
その先にある日本選手権を見据え、千歳の主砲は、この冬さらなる進化を遂げることを誓いました。
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中村 陽希(なかむら はるき)
千歳リトルシニア/2年
右投げ、左打ち
177センチ、67キロ
野球を始めたのは小学4年生の時に友達に誘われて千歳ガッツで競技をスタートさせた。
「ピンチこそ、気持ちで上回る」 164cmの右腕・田中颯真が描く130キロへの軌跡
新人戦で芽生えた自覚と「折れない心」
「新人戦があると知った時から、『絶対に活躍するぞ』という強い気持ちがありました」 そう力強く語る田中投手。身長164センチ、体重51キロと決して恵まれた体格ではありませんが、マウンドに上がればその存在感は際立ちます。
自身の最大の武器を問うと、返ってきたのは技術論ではなく「精神力」でした。「ピンチの時でも、相手より気持ちで上回れるところ。相手に負けない強さを持って、結果的に勝つことを一番大事にしています」と語るその表情からは、エースとしての責任感が滲み出ています。

悔しさを糧に磨く「投球術」と「リズム」
リーグ戦は2勝3敗という結果に終わりました。特に自分を崩してしまった一戦が深く胸に刻まれていると言います。 「ピッチャーがボールを先行させてリズムを崩すと、守備が守りづらくなる。そこを一番意識しなければいけないと感じました」
現在は、単に速い球を投げるだけでなく、投球の間(ま)を変えるなど、相手打者に的を絞らせない術を磨いています。技術的な試行錯誤の根底にあるのは、常に「チームを勝利に導くリズムを作る」という献身的な姿勢です。
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春の飛躍、そして「130キロ」の壁へ
次なる目標は明確です。チームとしては「春の大会での決勝トーナメント進出」。一発勝負のトーナメントを勝ち抜くため、さらなる安定感を目指します。
そして個人として掲げた大きな目標が、中学野球の集大成となる「3年生までに球速130キロ」への到達です。「試合に投げるなら、必ず勝ちたい」と語る田中投手。特別な近道を探すのではなく、日々の積み重ねを大切にするその実直な姿勢が、彼をさらなる高みへと押し上げるはずです。
「自分ができることをしっかりやっていきたい」 淡々とした言葉の中に、静かに燃える情熱を感じさせた田中颯真。千歳のマウンドで、背番号以上の存在感を示す彼の挑戦は、まだ始まったばかりです。
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田中 颯真(たなか そうま)
千歳リトルシニア/2年
右投げ、右打ち
164センチ、51キロ
野球を始めたのは父の影響で小学1年生から千歳みどり台シャークスで競技スタートする。
昨秋は投手兼中堅手として出場した。
あの敗戦の前に、もう一度――3年生が自分に投げかける言葉、後輩へ託す言葉
負けた理由は、試合の中だけにあるとは限らない。
もし一年前に戻れたなら、あの時の自分に何を伝えたいのか。
そして、その後悔を知るからこそ、後輩たちに何を残したいのか。
千歳リトルシニアで3年間を戦い抜いた中島來輝と髙田優作。
2人の言葉は、過去への問いかけであり、未来へのメッセージでもある。
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「最後だからこそ、振り続けろ」――中島來輝の後悔と実感
一年前に戻れるなら、自分自身に何を伝えたいか
3年生最後の大会「ゼット旗杯」の初戦・札幌東シニア戦。3番打者として立った打席で、結果を残すことができなかった。
3打席が回ってきた中で、「進塁打を打つことはできたが、もう少し何かできたのではないか」という思いが、今も心に残っている。
もし一年前に戻れるなら――
中島が自分自身に伝えたいのは、「最後だから」と気持ちを緩めないことだ。
シーズンが終盤に差しかかると、
「もう最後だ」「今さら変わらない」という空気が、どこかに生まれる。
だが、その一瞬の気の緩みが、結果を左右することを、身をもって知った。
もっとバットを振れたのではないか。
もっと準備ができたのではないか。
その問いは、今も消えない。
その経験を経て、後輩たちに何を伝えたいか
悔しさを経験したからこそ、後輩たちに伝えたいことは明確だ。
「この冬は、本当に大切だ」
シーズンが終わり、目標が見えにくくなる時期。
だが、そこでバットを振り続けたかどうかが、
次のシーズンの結果を大きく左右する。
「しっかりバットを振り込んで、しっかり走り込めば、
同じような悔しい思いはしないはずです」
中島の言葉は、努力論ではない。
「やらなかった後悔」を知っているからこそ出てくる、実感のこもった助言だ。
中島 來輝(なかじま らいき)
千歳リトルシニア/3年
右投げ、左打ち
167センチ、80キロ
兄の背中を追って野球を始めた。野球を始めたのは5つ上の兄の影響で北陽レッドイーグルスで野球を始めた。
家族は両親と兄の4人。
「負けた理由を、1年前に突き詰めろ」――髙田優作の問いかけ
一年前に戻れるなら、自分自身に何を伝えたいか
新人戦でも、日本選手権でも、立ちはだかったのは同じ相手――札幌北。
同じ相手に、同じように敗れた現実が、髙田の中には強く残っている。
もし一年前に戻れるなら、
髙田は自分自身にこう言いたい。
「負けないために、自分に何が足りないのかを、もっと突き詰めろ」
技術なのか、準備なのか、覚悟なのか。
敗戦を「仕方がない」で終わらせず、
原因を徹底的に掘り下げて練習に向き合ってほしい――
それが、過去の自分へのメッセージだった。
その経験を経て、後輩たちに何を伝えたいか
髙田が後輩たちに伝えたいのは、
練習量よりもまず練習の質だった。
「1日1日の練習で、『今日は何をやるのか』をしっかり決めてほしい」
ただがむしゃらにやるのではなく、
目的を持って、自分を追い込むこと。
「目標を達成するためには、相当厳しい練習が必要ですし、
本気で自分を追い込まなければ、簡単にはつかめない」
勝てなかったからこそ、
その言葉には重みがある。
髙田 優作(たかだ ゆうさく)
千歳リトルシニア/3年
左投げ、左打ち
170センチ、71キロ
野球を始めたきっかけは、家でテレビを見ている際に野球中継が流れており、「面白そうだな」と感じたことでした。
父も野球経験者で、その影響も大きかったと思います。
小学1年生の時に、春日ライオンズで競技を始めました。
同選手は中学2年時にリトルシニア北海道選抜に選出され、日台会長盃で初優勝に貢献。
さらに中学3年時には、昨夏に行われた「ヨーロッパ選手権」に出場する日本代表「オールリトルシニア」のメンバーにも選ばれるなど、目覚ましい活躍を見せました。
千歳リトルシニアから、プロの舞台へ
林 燦が示した“覚悟”と、恩師が見た原点
千歳リトルシニア出身として、初のプロ野球選手が誕生した。
昨年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから育成2位指名を受けた林 燦投手。
その歩みを最も近くで見守ってきたのが、恩師・山木大輔監督だ。
地域の少年が全国へ――その軌跡には、積み重ねてきた時間と、確かな覚悟があった。
「全国に届いている」――山木監督が感じた広がり
「広島の方をはじめ、東日本も西日本も関係なく、本当に多くの方に見ていただいているみたいなんです」
山木大輔監督は、ストライクWEBを通じて林の名前が全国へと広がっていったことを実感しているという。
今や、誰がどんな発信をしているのかがすぐに分かる時代。だからこそ、情報が一人歩きするのではなく、「どんな指導を受け、どんな選手なのか」が伝わっていくことに意味があった。
千歳からプロへ――決して平坦ではなかった道
千歳リトルシニアにとって、初めてのプロ野球選手誕生。
それは決して順風満帆な道のりではなかった。出会いと選択を重ねながら、林 燦はプロ野球という舞台へとたどり着いた。
その一歩は、これから続く後輩たちにとっても、確かな道標となる。
「どこの誰か分からない存在」から、
“全国に知られる投手”へ――。
林 燦の物語は、静かに、しかし確実に動き始めている。
目前に迫るプロの現実と、育成という立場
林 燦君のスケジュールは、1月6日から新人合同練習が始まり、2月1日からキャンプイン。まずは支配下選手を目指す立場だ。
本当に早い選手は数年で頭角を現す一方、切られてしまう厳しい世界でもある。育成という立場だからこそ、じっくりと育ててほしい――そんな思いもにじむ。
ライバルには素晴らしい選手ばかり。まさに野球エリートたちの中での、熾烈なポジション争いが待っている。
伸びしろの理由――「本格始動」は大学4年から
それでも、伸びしろはまだ十分にある。
本格的に投げ始めた期間は決して長くなく、実質的な本格始動は大学4年生からだった。
中学・高校時代は成長痛に悩まされ、少し投げると膝や腰に痛みが出る状態が続いていたという。長く成長痛と付き合ってきたが、現在はそうした痛みは一切ない。
成長が落ち着き、大学進学後に筋力トレーニングへ本格的に取り組んだことで球速は大きく向上。
最速は153キロ。大学リーグ戦でも153キロを計測している。
千歳からプロへ――道は、確かにつながっている。
林 燦の挑戦は、ここからが本当のスタートだ。

林 燦(はやし きら)
読売ジャイアンツ 2025年・育成2位
背番号:012
ポジション:投手
立正大学/4年(22歳)
広陵高校ー千歳リトルシニアー千歳ブラックバード出身
右投げ、右打ち
183センチ、85キロ
大台となる球速160キロを目標に掲げている。
学童時代の小学6年時には日本ハムジュニアに選出され、さらに中学2年時にはリトルシニア北海道選抜にも名を連ねた。
フォトグラフ



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協力:千歳リトルシニア
