足利の完成度に屈するも、春の悔しさを力に変えた全国2大会の経験 森監督「当たり前を当たり前にできる集団へ」
創部42年目で初めて立った日本一への舞台は、北海道の新たな歴史を刻む挑戦となった。
東京都・大田スタジアムで8月2日に行われた「エイジェックカップ第54回日本リトルシニア日本選手権大会」2回戦で、北海道代表・とかち帯広リトルシニアは関東代表の強豪・足利リトルシニアに1-11(四回コールド)で敗れ、初の全国大会はベスト16で幕を閉じた。
それでも、この夏の歩みは決して敗戦だけでは語れない。春の全国選抜大会で味わった悔しさを糧に、創部42年目でつかんだ悲願の日本選手権初出場。そして初戦ではチーム史に残る全国大会初勝利を挙げた。全国の舞台で「勝つ喜び」と「全国トップとの差」の両方を体感した24人。その経験は、高校野球、そして次代のとかち帯広リトルシニアへと受け継がれていく大きな財産となった。
イニングスコア
◆2回戦(8月2日、大田スタジアム)
とかち帯広リトルシニア(北海道)1-11足利リトルシニア(関東)
とかち帯広
0010=1
4061=11
足利
(四回コールドゲーム)
(と)栩内、山田岳、眞野-菊地
(足)柿沼-綿貫
▽三塁打:菊地(足)
▽二塁打:半田(足)
全国トップの完成度を体感 足利の隙のない野球に苦戦
相手は全国屈指の実力を誇る足利リトルシニアだった。
とかち帯広は先発・栩内巧太(士幌ファイターズ出身/3年)、2番手・山田岳(柳町イーグルス出身/3年)、3番手・眞野 優(稲田タイガース出身/2年)の継投で立ち向かったが、足利打線は甘い球を逃さず、確実に走者を進め、好機では一本で仕留める完成度の高い攻撃を披露した。
初回に4点を失う苦しい立ち上がり。それでも選手たちは下を向かなかった。
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三回に見せた執念 山田朔の好走塁から全国相手に1点を返す
0-4で迎えた三回だった。
8番・山田朔太郎(3年)が内野安打で出塁すると、9番・杉本朔弥(3年)が送りバントを決める。
山田朔は一気に三塁まで進む積極的な走塁を見せ、続く1番・山田岳(3年)がきっちりスクイズを成功。全国屈指の相手から1点をもぎ取り、ベンチは大きく沸いた。
スコア以上に価値のある1点だった。
しかし、その裏に足利打線が再び牙をむく。安打と小技を絡めた攻撃で一挙6点を奪われ試合の主導権を完全に握られた。
四回には一死一、二塁と最後の反撃機を迎えたが、あと一本が出ない。裏には四死球で走者をため、適時打を浴びて11点目。大会規定により四回コールドとなり、夢舞台での挑戦は終わりを告げた。
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「全国の基準」が見えた 3年生が得た何より大きな財産
試合後、森徹監督は3年生が得た経験の大きさを静かに語った。
「三年生は春の選抜大会、そして今回の日本選手権と二度の全国大会を経験しました。春は準備したつもりでも、あっという間に終わってしまった感覚がありました。しかし今回は一度経験していたことで全国のイメージを持って準備ができ、選抜大会よりも準備の質は上がっていたと思います」
全国を経験したからこそ見えた「全国基準」。
高校で甲子園を目指す3年生にとっても、「どれだけ高い質の練習が必要なのか」を肌で感じられたことが、この遠征最大の収穫だったという。
「この経験を、これからの練習や生活面に生かしてほしいと思います」
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技術だけではない差 「当たり前」の積み重ねを北海道へ
森監督が最も印象に残ったのは、技術以上の部分だった。
「足利シニアさんは本当にミスのない、しっかりとしたチームでした」
さらに監督が挙げたのは、スタンドを含めたチーム全体の一体感だった。
「控え選手や保護者を含めた応援で、グラウンドの声がほとんど聞こえないほどでした。事前の情報共有や声をつなぐことは意識してきましたが、そのレベルがまだ足りませんでした」
全国トップとの差は、派手なプレーではない。
日々積み重ねてきた「当たり前」を、誰一人欠かすことなく実践できる組織力だった。
「当たり前のことを当たり前に。それが必要だと改めて知りました」
その言葉には、次への明確な課題と希望が込められていた。
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この経験を北海道へ 「負けない野球」で再び挑む
創部42年目でつかんだ初の日本選手権。
24人全員で駆け抜けた全国の舞台は、多くの人々の支えがあって実現した。
森監督は感謝を口にするとともに、次の戦いを見据えた。
「保護者をはじめ、北海道で一緒に戦ってきたチーム、連盟役員、審判の皆さんの協力があって日々活動できています。この経験を北海道へ戻ってから試合の中で伝えていきたいと思います」
そして力強く締めくくった。
「8月15日の北ガス杯決勝、17日のファイターズカップでは、新たな『負けない野球』を見せたいと思います」
全国初勝利という歴史を刻み、全国トップとの差も知った夏。
この敗戦は終わりではない。
北海道に戻る24人は、全国で得た「基準」を胸に、再び前へ歩み始める。創部42年目の挑戦は、未来へ続く確かな一歩となった。

協力:とかち帯広リトルシニア
