「このまま終わって、本当に未練はないのか」右肘手術から再起へ、赤川寛が挑む大学野球

「このまま終わって、本当に未練はないのか」右肘手術から再起へ、赤川寛が挑む大学野球

高校最後の夏に残った悔しさを原動力に 自ら手術を決断し来春復帰へ「勝てるピッチャーになりたい」

プロフィール
赤川 寛(あかがわ・ひろ)
北海道教育大学岩見沢校1年。ポジションは投手。
旭川北高校―春光台中学校―春光台ジャガーズ出身。
右投げ、右打ち 172センチ、67キロ
家族は両親と弟の4人。
 野球との出会いは小学3年の冬、友人に誘われたことをきっかけに野球を始める。中学から本格的に投手を務め、高校では投手と遊撃手としてプレー。高校2年秋に自己最速131キロを記録した。右肘内側側副靱帯断裂のため大学1年の4月に手術。現在は来春のリーグ戦復帰を目指してリハビリ中。将来は体育教員となり、高校野球の指導者を目指す。

テニスから野球へ 友達に誘われた小学3年の冬

 野球との出会いは小学3年の冬だった。

 当時はテニスをしていた。錦織圭選手の活躍に憧れて始めたものだったが、次第に気持ちが離れ始めた。そんな時、仲の良い友達から「野球をやらないか」と誘われた。

 春光台ジャガーズの体験に参加すると、純粋に楽しかった。

 そこから赤川の野球人生が始まった。

 少年野球時代は主にセンターを守った。強烈に記憶に残る一試合があるというより、仲間と一緒に白球を追い続けた日々そのものが思い出だ。

「とにかく野球をするのが楽しかった」

 その言葉に原点がある。

赤川(北海道教育大学岩見沢校/1年)
赤川さん(北海道教育大学岩見沢校/1年)

中学で知った「投手の面白さ」

 春光台中学校へ進むと、ショートと投手を務めた。

 ここで赤川は、本格的に投手というポジションに魅了されていく。最終的には背番号「1」も任された。

「ピッチャーをすることの楽しさを初めて感じました」

 試合の流れをつくり、打者と駆け引きしながらゲームを組み立てていく。その面白さに引き込まれた。

 持ち味として挙げるのはスライダー。制球と変化量に手応えがあり、直球とのコンビネーションで打者を打ち取るスタイルを磨いていった。

 一方で、この頃すでに右肘には小さな警告が出ていた。

 中学3年の春から夏にかけて一度、肘を痛めた。引退後から高校入学まで投球から離れたことで痛みは治まり、本人も「治った」と考えていた。

 だが、その先に大きな試練が待っていた。

最速131キロ、その直後に襲った右肘痛

 旭川北高校では投手とショートを兼任した。

 高校1年の夏。ベンチ入りを懸けた試合で結果を残せず、スタンドから仲間を応援した。

 悔しさはあった。

 しかし、グラウンドの外にいたからこそ見えた景色もあった。背後から響く全校応援。最後まで戦い抜く先輩たち。その姿を間近で見た経験は、その後の野球観にも影響を与えた。

 1年秋から公式戦に出場し、2年秋には自己最速131キロを計測。

「ここから頑張っていこう」

 そう思った矢先だった。

 右肘の状態が悪化した。

 最初はキャッチボールで感じる痛みだった。突然「ブチッ」と切れたわけではない。徐々に痛みが強くなっていった。

 高校2年の冬には、投げることそのものが苦しくなった。

 ショートから一塁へ送球することさえ思うようにいかない。痛みに意識を奪われ、制球が乱れる。強いボールも投げられない。

 それでも赤川は、なかなか「休む」という選択ができなかった。

「練習で投げないことが悪いことのように思っていました」

 不安だから投げる。大丈夫だと思いたくて投げる。時には周囲に「大丈夫です」と無理をしたこともあったという。

 そして高校最後の夏を、思い描いた形で迎えることはできなかった。

赤川投手(旭川北高/2年)
赤川投手(写真=旭川北高/2年当時)

「もう野球はいい」それでも消えなかった未練

 高校3年の春は試合に出場したものの、右肘の痛みはプレーにも影響した。

 送球への怖さからミスも増えた。

 最後の夏は思うようにグラウンドに立つことができず、そのまま高校野球を終えた。

 赤川に残ったのは、強い後悔だった。

 受験勉強をしていても頭から離れなかった。

「あの時、もっとこうしていれば」
「もう少し早く肘を治していたら」

 だからこそ、大学に進んでも当初は野球を続けるつもりがなかった。

「野球は苦しいし、もういいかなと思っていました」

 だが、離れようとすればするほど、高校最後の夏が心に残った。

「このままで終わって、本当に未練がないのか」

 答えは「ない」ではなかった。

赤川さん(写真=旭川北高/2年当時)
(写真=高校時代の赤川さん)

先輩の存在が、もう一度野球へ向かわせた

 北海道教育大学岩見沢校への進学は、赤川に新たな縁をもたらした。

 野球部には旭川北高時代に世話になり、尊敬していた先輩たちがいた。

 先輩から「やらないか」と声を掛けられた。

「その先輩方がいるなら、やってもいいかなと思いました。また一緒に野球をしたかった」

 もう一度、野球をやる。

 そう決めた。

 ところが入部に向けて実際に身体を動かしてみると、右肘は強く痛んだ。

 中途半端な状態で続けるのか。それとも、もう一度本気で投げられる身体をつくるのか。

 赤川は後者を選んだ。

「手術してください」19歳の決断

 診断は右肘内側側副靱帯の断裂。

 医師からは、まずリハビリで様子を見る選択肢も示された。

 しかし赤川の意思は固かった。

「手術してください」

 大学4年間を考えれば、今が一番いい時期だと判断した。

「大学で本当に野球をやるなら、完璧な状態にして、もう一回ゼロからやろうと思いました」

 今年4月、右肘の手術を受けた。

 現在は段階的に投球距離を伸ばしながら、肘周辺の筋力強化、下半身を含めた身体づくり、そして投球フォームの修正に取り組んでいる。

 一時は長い距離まで投げられるようになったが、再び痛みを感じたことでペースを落とした。

 急がない。

 目標は目の前の一球ではなく、来春のリーグ戦だ。

目指すのは「速い投手」ではなく「勝てる投手」

 高校2年秋に記録した自己最速は131キロ。

 当然、その数字を超えたい思いはある。

 だが、赤川が今、目指している投手像は単純な球速だけではない。

「勝てるピッチャーになりたいです」

 ストライク先行で打者と勝負する。相手が何を狙っているのかを読み、タイミングをずらす。球速だけを追うのではなく、直球の質を高め、自信を持つスライダーとの組み合わせで打者を打ち取る。

 そして何より、チームを勝たせる。

 その先に見据えるのは、チームを上のカテゴリーへ押し上げる存在になることだ。

「次はお前が投げているところを見たい」

 リハビリ中の現在は、選手として試合に出ることができない分、チームを支える役割に回ることも多い。

 そんな中、胸に刺さった言葉がある。

 試合を終えた4年生の先輩から掛けられた。

「次はお前が投げているところを見たい。見に行くから」

 その言葉が、苦しいリハビリを続ける力になっている。

 高校時代から支えてくれる先輩。大学の仲間。心配しながら見守り、経済的にも支えてくれる家族。

「支えてくれる人がいることが幸せです。手術をして、また野球ができることが何より幸せだと思います」

 だから今度は、マウンドから応えたい。

「痛かったら病院へ」経験したからこそ伝えたいこと

 自身の経験から、故障を抱える選手へ伝えたいこともある。

「痛いと思ったら病院に行った方がいいです」

 赤川自身、「休むこと」に罪悪感を覚えていた。

 投げなければ不安になる。多少痛くても「大丈夫」と言ってしまう。

 だが今なら分かる。

 故障してしまえば、野球そのものができなくなる。

「身体が丈夫なことが一番。ちゃんと言って対策してもらったり、ケアしたりすることが大事だと思います」

 そして、すでに故障してしまった選手には、立ち止まる時間も無駄ではないと伝える。

 赤川自身がそうだった。

 高校最後の夏は、長い間「思い出したくない記憶」だった。

 しかし大学で再び野球を始めた今、その意味は変わった。

「悪い思い出だったものが、今は原動力になっています」

来春、もう一度マウンドへ

 将来は体育教員となり、高校野球の指導者になることも思い描いている。

 いつかは指導者として甲子園を目指したい。

 その前に、選手としてやり残したことがある。

 来春。

 目指す場所は大学野球のマウンドだ。

 高校最後の夏に抱えた悔しさも、右肘の手術も、投げられず仲間を支えた時間も、すべてを次の一球につなげる。

「このままで終わって、本当に未練がないのか」

 かつて自分自身に突きつけた問いへの答えを、赤川はこれからマウンドで示していく。

札幌都心部で評判の「たきうち整形外科スポーツクリニック

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瀧内院長は、プロ野球帯同ドクターや高校野球全道大会の担当医師などを務める、スポーツ障害治療の第一人者で活躍している。

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