高校最後の夏に残った悔しさを原動力に 自ら手術を決断し来春復帰へ「勝てるピッチャーになりたい」
高校野球を終えた時、胸に残ったのは達成感よりも悔しさだった。右肘の痛みに苦しみ、思うようなプレーができないまま迎えた最後の夏。一度は「もう野球はいい」と思った。それでも、心のどこかから野球が離れることはなかった。北海道教育大学岩見沢校に進学した赤川寛(1年)は今年4月、右肘の手術を決断。現在は札幌市中央区の「たきうち整形外科スポーツクリニック」でリハビリに励みながら、来春のリーグ戦復帰を目指している。「このままで終わって、本当に未練がないのか」。高校最後の夏に残った悔しさを原動力に変え、もう一度マウンドを目指す19歳を追った。
プロフィール
赤川 寛(あかがわ・ひろ)
北海道教育大学岩見沢校1年。ポジションは投手。
旭川北高校―春光台中学校―春光台ジャガーズ出身。
右投げ、右打ち 172センチ、67キロ
家族は両親と弟の4人。
野球との出会いは小学3年の冬、友人に誘われたことをきっかけに野球を始める。中学から本格的に投手を務め、高校では投手と遊撃手としてプレー。高校2年秋に自己最速131キロを記録した。右肘内側側副靱帯断裂のため大学1年の4月に手術。現在は来春のリーグ戦復帰を目指してリハビリ中。将来は体育教員となり、高校野球の指導者を目指す。
テニスから野球へ 友達に誘われた小学3年の冬
野球との出会いは小学3年の冬だった。
当時はテニスをしていた。錦織圭選手の活躍に憧れて始めたものだったが、次第に気持ちが離れ始めた。そんな時、仲の良い友達から「野球をやらないか」と誘われた。
春光台ジャガーズの体験に参加すると、純粋に楽しかった。
そこから赤川の野球人生が始まった。
少年野球時代は主にセンターを守った。強烈に記憶に残る一試合があるというより、仲間と一緒に白球を追い続けた日々そのものが思い出だ。
「とにかく野球をするのが楽しかった」
その言葉に原点がある。

中学で知った「投手の面白さ」
春光台中学校へ進むと、ショートと投手を務めた。
ここで赤川は、本格的に投手というポジションに魅了されていく。最終的には背番号「1」も任された。
「ピッチャーをすることの楽しさを初めて感じました」
試合の流れをつくり、打者と駆け引きしながらゲームを組み立てていく。その面白さに引き込まれた。
持ち味として挙げるのはスライダー。制球と変化量に手応えがあり、直球とのコンビネーションで打者を打ち取るスタイルを磨いていった。
一方で、この頃すでに右肘には小さな警告が出ていた。
中学3年の春から夏にかけて一度、肘を痛めた。引退後から高校入学まで投球から離れたことで痛みは治まり、本人も「治った」と考えていた。
だが、その先に大きな試練が待っていた。
最速131キロ、その直後に襲った右肘痛
旭川北高校では投手とショートを兼任した。
高校1年の夏。ベンチ入りを懸けた試合で結果を残せず、スタンドから仲間を応援した。
悔しさはあった。
しかし、グラウンドの外にいたからこそ見えた景色もあった。背後から響く全校応援。最後まで戦い抜く先輩たち。その姿を間近で見た経験は、その後の野球観にも影響を与えた。
1年秋から公式戦に出場し、2年秋には自己最速131キロを計測。
「ここから頑張っていこう」
そう思った矢先だった。
右肘の状態が悪化した。
最初はキャッチボールで感じる痛みだった。突然「ブチッ」と切れたわけではない。徐々に痛みが強くなっていった。
高校2年の冬には、投げることそのものが苦しくなった。
ショートから一塁へ送球することさえ思うようにいかない。痛みに意識を奪われ、制球が乱れる。強いボールも投げられない。
それでも赤川は、なかなか「休む」という選択ができなかった。
「練習で投げないことが悪いことのように思っていました」
不安だから投げる。大丈夫だと思いたくて投げる。時には周囲に「大丈夫です」と無理をしたこともあったという。
そして高校最後の夏を、思い描いた形で迎えることはできなかった。

「もう野球はいい」それでも消えなかった未練
高校3年の春は試合に出場したものの、右肘の痛みはプレーにも影響した。
送球への怖さからミスも増えた。
最後の夏は思うようにグラウンドに立つことができず、そのまま高校野球を終えた。
赤川に残ったのは、強い後悔だった。
受験勉強をしていても頭から離れなかった。
「あの時、もっとこうしていれば」
「もう少し早く肘を治していたら」
だからこそ、大学に進んでも当初は野球を続けるつもりがなかった。
「野球は苦しいし、もういいかなと思っていました」
だが、離れようとすればするほど、高校最後の夏が心に残った。
「このままで終わって、本当に未練がないのか」
答えは「ない」ではなかった。

先輩の存在が、もう一度野球へ向かわせた
北海道教育大学岩見沢校への進学は、赤川に新たな縁をもたらした。
野球部には旭川北高時代に世話になり、尊敬していた先輩たちがいた。
先輩から「やらないか」と声を掛けられた。
「その先輩方がいるなら、やってもいいかなと思いました。また一緒に野球をしたかった」
もう一度、野球をやる。
そう決めた。
ところが入部に向けて実際に身体を動かしてみると、右肘は強く痛んだ。
中途半端な状態で続けるのか。それとも、もう一度本気で投げられる身体をつくるのか。
赤川は後者を選んだ。
「手術してください」19歳の決断
診断は右肘内側側副靱帯の断裂。
医師からは、まずリハビリで様子を見る選択肢も示された。
しかし赤川の意思は固かった。
「手術してください」
大学4年間を考えれば、今が一番いい時期だと判断した。
「大学で本当に野球をやるなら、完璧な状態にして、もう一回ゼロからやろうと思いました」
今年4月、右肘の手術を受けた。
現在は段階的に投球距離を伸ばしながら、肘周辺の筋力強化、下半身を含めた身体づくり、そして投球フォームの修正に取り組んでいる。
一時は長い距離まで投げられるようになったが、再び痛みを感じたことでペースを落とした。
急がない。
目標は目の前の一球ではなく、来春のリーグ戦だ。
目指すのは「速い投手」ではなく「勝てる投手」
高校2年秋に記録した自己最速は131キロ。
当然、その数字を超えたい思いはある。
だが、赤川が今、目指している投手像は単純な球速だけではない。
「勝てるピッチャーになりたいです」
ストライク先行で打者と勝負する。相手が何を狙っているのかを読み、タイミングをずらす。球速だけを追うのではなく、直球の質を高め、自信を持つスライダーとの組み合わせで打者を打ち取る。
そして何より、チームを勝たせる。
その先に見据えるのは、チームを上のカテゴリーへ押し上げる存在になることだ。
「次はお前が投げているところを見たい」
リハビリ中の現在は、選手として試合に出ることができない分、チームを支える役割に回ることも多い。
そんな中、胸に刺さった言葉がある。
試合を終えた4年生の先輩から掛けられた。
「次はお前が投げているところを見たい。見に行くから」
その言葉が、苦しいリハビリを続ける力になっている。
高校時代から支えてくれる先輩。大学の仲間。心配しながら見守り、経済的にも支えてくれる家族。
「支えてくれる人がいることが幸せです。手術をして、また野球ができることが何より幸せだと思います」
だから今度は、マウンドから応えたい。
「痛かったら病院へ」経験したからこそ伝えたいこと
自身の経験から、故障を抱える選手へ伝えたいこともある。
「痛いと思ったら病院に行った方がいいです」
赤川自身、「休むこと」に罪悪感を覚えていた。
投げなければ不安になる。多少痛くても「大丈夫」と言ってしまう。
だが今なら分かる。
故障してしまえば、野球そのものができなくなる。
「身体が丈夫なことが一番。ちゃんと言って対策してもらったり、ケアしたりすることが大事だと思います」
そして、すでに故障してしまった選手には、立ち止まる時間も無駄ではないと伝える。
赤川自身がそうだった。
高校最後の夏は、長い間「思い出したくない記憶」だった。
しかし大学で再び野球を始めた今、その意味は変わった。
「悪い思い出だったものが、今は原動力になっています」
来春、もう一度マウンドへ
将来は体育教員となり、高校野球の指導者になることも思い描いている。
いつかは指導者として甲子園を目指したい。
その前に、選手としてやり残したことがある。
来春。
目指す場所は大学野球のマウンドだ。
高校最後の夏に抱えた悔しさも、右肘の手術も、投げられず仲間を支えた時間も、すべてを次の一球につなげる。
「このままで終わって、本当に未練がないのか」
かつて自分自身に突きつけた問いへの答えを、赤川はこれからマウンドで示していく。
札幌都心部で評判の「たきうち整形外科スポーツクリニック
「たきうち整形外科スポーツクリニック」は札幌都心部(札幌市中央区南1西6、北辰ビル2階)に位置する利便性と、専門性の高い診断、治療を行うスポーツクリニックとして全道的に名が知られている評判の整形外科病院。
瀧内院長は、プロ野球帯同ドクターや高校野球全道大会の担当医師などを務める、スポーツ障害治療の第一人者で活躍している。
また、リハビリ担当の理学療法士らも豊富な知識と経験を持ち、迅速かつ確実な治療で患者の日常生活への早期復帰をサポートしている。
当サイト・ストライクで連載した瀧内院長の「ドクターのフォームチェック」は野球少年・少女ら選手・監督やコーチにも人気となった。
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011-241-8405へ。携帯電話から受付対応する「シマフクロウ・コール」が便利。
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取材協力:たきうち整形外科スポーツクリニック
