再出発の冬、その先へ――新体制で歩み始めた 小樽リトルシニア の現在地

再出発の冬、その先へ――新体制で歩み始めた 小樽リトルシニア の現在地

苦境を越えて、整う土台

小樽リトルシニア、新チーム始動と“育てる環境”の現在地

小樽リトルシニアは、昨秋の全道大会でAブロックに属し、1勝5敗という結果に終わった。
数字だけを見れば厳しい成績だが、内容を振り返ると一方的な敗戦は少なく、接戦に持ち込んだ試合も少なくなかった。

当時のチーム編成は、2年生4人、1年生6人。人数の少なさは否めず、秋の段階で投手陣は実質的に長谷川一人という苦しい台所事情だった。ある程度は想定できた結果とはいえ、投手運用に大きな負担がかかっていたのは事実だ。

ウォーミングアップする小樽ナイン
ウォーミングアップする小樽ナイン
キャッチボールを行う小樽ナイン
キャッチボールを行う小樽ナイン
キャッチボールを行う小樽ナイン
キャッチボールを行う小樽ナイン

春へ向けた明確な課題

――投手“2枚目・3枚目”の台頭

春に向けての課題ははっきりしている。
投手の2枚目、3枚目の成長と台頭。ここに、チームの未来がかかる。

一方で、チームには確かな前進もある。
新入団の6年生が11人
現2年生(新3年生)4人、現1年生は1人増えて7人と、人数面では確実に前進している。

投手(小樽リトルシニア)
投手(小樽リトルシニア)

明るいニュース――新・室内練習場の完成

昨年12月下旬、チームにとって大きな朗報が届いた。
新しい室内練習場の完成だ。

着工は9月中旬。作業は土日を中心に進められたが、参加できる保護者は限られていた。それでも、屋根のシートは安全面から業者に依頼し、それ以外は父母の手作業で完成させた。

完成した施設は、全長28メートル×横12メートル
照明にはLEDを採用し、仕上がりは「プロレベル」と言っていい。

現在は土を入れている段階で、水分を多く含むため凹凸が見られるが、今春には一度人工芝を剥がし、排水→転圧・整地→人工芝の張り替えを行う予定だ。
完成度は、さらに一段階引き上げられる。

内野手(小樽リトルシニア)
内野手(小樽リトルシニア)

“もう一つ”の室内練習場が生む相乗効果

この新施設は会長の会社敷地内にあり、チームはこれとは別にもう一つの室内練習場も保有している。

そちらは地面がコンクリートで、ピッチングマシン2台を設置。
フリー打撃を中心に、トレーニング系の設備も整っており、練習の効率と質を高める役割を担っている。
また、軟式対応のピッチングマシンを備え、地元の少年野球チームにも貸し出しており、地域コミュニティの拠点としての顔も持つ。

少年野球の選手たちも利用できる――。
そんな環境が、少しずつ形になりつつある。

外野手(小樽リトルシニア)
外野手(小樽リトルシニア)

新チームの軸と、全国への挑戦

新チームの中心は、やはり長谷川だ。
彼が投げ、チームを引っ張る存在となる。

取材時点では和歌山遠征を控えており、
何を試すのか
どんなメンバー構成で臨むのか
がテーマとして語られていた。

全国の舞台を経験できることは、選手たちのモチベーション向上に直結する。勝敗以上に、得るものは大きい。

メディシンボールを使ったトレーニングも行われていた
メディシンボールを使ったトレーニングも行われていた

冬季の活動と、門戸は今も開かれている

冬季のチーム活動は、チーム専用室内練習場を拠点に、

  • 土日・祝日
  • 平日は北照高校の室内練習場(18:00〜21:00)を月曜日中心に実施。

2月以降は平日練習を週2日へと増やす予定だ。

「すでに中学軟式野球など他チームで活動している選手は、もう入れないのでは――」
そう感じている方もいるかもしれないが、募集は現在も継続中
挑戦の門戸は、今も開かれている。

新入団員の6年生(小樽リトルシニア)
新入団員の6年生(小樽リトルシニア)

5年かけて“人が集う場所”へ

この室内練習場は、山口京二郎会長の会社敷地内にある。
出発点は「車庫を改造できないか」という発想だった。しかし構造上の問題から断念し、倉庫の改修へと舵を切る。

倉庫を3分割し、その一つが現在の室内練習場となった。
改修前は、正直に言えばかなり老朽化していたという。

「作った当初は、今みたいな形じゃなかった。もっと前は、本当に何もない状態でした」

そこから少しずつ手を加え、約5年
改良を重ね、現在の形へとたどり着いた。

「今年の春、地面が乾いたら、さらに手を入れようと思っています」

野球のためだけでなく、趣味や地域活動にも使える空間として、可能性は広がっていく。

ティバッティングを行う小樽ナイン
ティバッティングを行う小樽ナイン
マシン打ちを行う小樽ナイン
マシン打ちを行う小樽ナイン

練習場は“場所”以上の存在へ

かつては少年野球チームも利用し、現在も地域とのつながりを大切にしている。
この室内練習場は、単なる練習場所ではない。

人が集い、野球を通じて交流が生まれる場所。
その役割を、確実に広げつつある。

――チーム再建の土台は、確かに整ってきた。
ここから先、どんな成長曲線を描くのか。春が待ち遠しい。

縄跳びトレーニングも取り入れる小樽
縄跳びトレーニングも取り入れる小樽

声でつなぎ、道外で学ぶ――工藤朔太郎主将が語る小樽シニアの現在地

主将として秋の全道大会に臨んだ工藤朔太郎。
結果は1勝5敗と苦しい戦いが続いたが、その中でもキャプテンとして彼が最も大切にしていたのは、チームの“雰囲気”だった。

「チームをしっかりまとめて、雰囲気を盛り上げることを一番意識していました」

思うように結果が出ない試合が続く中で、気持ちを保ち続けることは簡単ではない。それでも工藤主将は、声を出し続けることでチームを前に進めようとした。

「声を出して盛り上げるところは、他のチームにも負けないと思います」

この“声”こそが、工藤主将が考える小樽リトルシニアの最大の強みだ。

一方で、課題も明確だ。
「まだチームが完全にまとまりきっていなくて、不安定なところがある」と率直に語る工藤主将は、だからこそ“一致団結”の重要性を強調する。

「全員がしっかり一致団結できるチームにしていきたいです」

その言葉には、主将としての責任と覚悟がにじむ。

今冬には道外大会となる和歌山遠征も経験した。すでに遠征を終えた今、工藤主将の中には確かな収穫が残っている。

「道外の選手から、北海道とは違う部分をたくさん見ることができました。
『いいな』と思ったところは、盗んで、自分たちの成長につなげたいと思っています」

地域や環境の違うチームと対戦し、同世代のプレーを間近で体感した経験は、技術面だけでなく、意識の面でも大きな刺激となった。

最後に、これからリトルシニア入団を考えている6年生へ向け、工藤主将はまっすぐな言葉を送る。

「つらいなと思ってしまう時期もあると思います。でも、そういう経験はすごく大切で、あとから振り返ると本当に貴重なものになります。ぜひ一緒に頑張りましょう」

声でつなぎ、道外で学び、そして一つになる。
工藤朔太郎主将の言葉は、これからの小樽リトルシニアが目指す姿を、はっきりと示している。

工藤主将(小樽リトルシニア)
工藤主将(小樽リトルシニア)

工藤 朔太郎(くどう さくたろう)
小樽リトルシニア/2年
右投げ、右打ち
165センチ、55キロ
野球を始めたのは小学2年生。
プロ野球選手への憧れを抱き、当時は祖父に教わりながら白球を追いかけた。中でも強く影響を受けた存在が、王貞治さんだった。
競技としての野球は、小樽稲穂スラッガーズでスタート。
ここから本格的な野球人生が動き出した。
家族は両親と弟の4人。

チームの柱として──長谷川慧心が示す、小樽シニアの現在地

今の小樽リトルシニアにおいて、長谷川慧心の存在は間違いなく「チームの柱」と呼ぶにふさわしい。

181センチ・65キロという恵まれた体格を持つ右投げ右打ち。グラウンドに立つだけで相手に与える存在感は大きく、主軸としての自覚が表情や立ち振る舞いに表れている。

印象に残っている試合として、長谷川が挙げたのは秋季全道大会・新人戦での大空戦だ。
「レベルの高い相手と対戦できたからです」。
強豪との対戦を通じて、自分たちはまだ足りない部分が多いと痛感すると同時に、成長できる余地があることも実感したという。

試合を振り返る中で、長谷川は相手チームの“雰囲気”に強く目を向けていた。
「雰囲気も良くて、自分たちよりも声が出ていました。そういうところが、小樽にはまだ足りないと感じました」

技術や結果だけでなく、チームとしての在り方にまで視線を向けられる冷静さ。それこそが、彼が柱と呼ばれる所以だろう。

目標は明確だ。
「公式戦で勝って、全国に行くこと」

その言葉に迷いはない。
体格や技術だけではなく、課題を正面から受け止め、チーム全体を見つめる姿勢。長谷川慧心の存在は、小樽リトルシニアにとって単なる戦力以上の意味を持っている。

勝利への責任を背負い、成長の先頭に立つ。
長谷川慧心を中心に、チームは確実に次のステージへと歩みを進めていく。

マシン打ちをする長谷川選手(小樽)
マシン打ちをする長谷川選手(小樽)

長谷川慧心(はせがわけいしん)
小樽リトルシニア/2年
右投げ、右打ち
181センチ、65キロ
野球を始めたのは2つ上の兄の影響で小学1年生から始める。競技スタートは朝里H東小樽合同チーム。
家族は両親と兄と妹の5人。

環境の変化を力に――中野泰志が描く、ジャイアンツカップへの挑戦

 練習環境の変化について尋ねると、まず口にしたのは「質」の向上だった。
マシンを使った練習が増えたことで、バッティング技術の向上を実感しているという。さらに、筋トレ器具の充実により、腕や足腰といった基礎的な筋力強化にも取り組む時間が増えた。

そうした積み重ねは、日々の練習の充実感にもつながっている。
「かなり充実してきていると思います」と語る言葉からは、現在の取り組みに対する手応えがうかがえる。

目標は、個人ではなくチームにある。
「チーム一丸となって一生懸命プレーして、ジャイアンツ杯で優勝すること」。
さらに、その先に見据えているのが、日頃から支えてくれている存在への思いだ。
「そして、僕たちを支えてくれている保護者にも恩返しがしたい」。

環境の変化を前向きに受け止め、日々の練習を力に変える。
中野泰志は、仲間とともに大きな目標へ向かって歩みを進めている。

中野 泰志(なかの たいし)
小樽リトルシニア/2年
右投げ、右打ち
169センチ、63キロ
家族は両親と姉と弟の5人。
学童野球は小樽中央JBC出身。

つなぐ覚悟、背負う役割――中山賢士朗が見据えるチーム力向上

中山賢士朗が強く意識しているのは、個人の結果以上に「チーム力」だ。
「まずはチーム力を上げたい」と語り、その理由として挙げたのがサインプレーの徹底。まだ不十分だと感じている部分を、しっかりとつなぎ直していきたいという。

具体的な課題としても、迷いはない。
「まずはサインプレーの徹底です。細かい部分まで、きちんとできるようにしたいです」。
勝敗を分ける細部にこそ、チームの成長の鍵があると考えている。

プレー面では、昨年は2番・二塁手として試合に出場してきた。
今シーズンは、その経験を土台に、後輩を引っ張る存在になることを自らに課している。打線では“つなぎ役”、守備では“内野の要”。その役割を背負うことに、やりがいも感じている。

チームとしての目標は明確だ。
北海道大会での優勝、そして全国大会ではベスト4入り。

チーム全体を見渡し、自分に求められる役割を理解し、実行しようとする姿勢。
中山賢士朗は、つなぐ意識と責任感を胸に、チームの力を一段引き上げようとしている。

写真左から中野、長谷川、中山(小樽)
写真左から中野、長谷川、中山(小樽)

中山 賢士朗(なかやま けんしろう)
小樽リトルシニア/2年
右投げ右打ち。
164センチ、50キロ。
家族は両親と3人の兄、自身を含めた6人家族だ。
学童野球は小樽中央JBC出身

悔しさは、終わりではない――3年生2人が後輩へ託す「次へ進む力」

写真左から沖田前主将、山口=(小樽リトルシニア)
写真左から沖田前主将、山口=(小樽リトルシニア)

悔しさを次へ――主将・沖田勇真が託す、成長へのバトン

もし一年前に戻れるとしたら

「もし一年前に戻れるとしたら」との問いに、沖田は自分自身を冷静に見つめる。
努力はしてきた。しかし、その中にあった“甘さ”。
「もう少し厳しくできていれば、もっと良い結果が出せたかもしれない」。主将としての責任を背負ったからこそ生まれた、率直な自己分析だった。

最も悔しかった試合として挙げたのは、東日本大会最後の準決勝、新潟北リトルシニア戦。
サヨナラ負けで幕を閉じた一戦は、「最後まで勝ち切れなかった」悔しさとして、今も強く心に残っている。

その悔しさの先に見据える舞台は明確だ。
「その続きは高校野球」。
中学野球で味わった経験すべてを、次のステージへとつなげていく覚悟がある。

そして、後輩たちへ。


練習中の姿勢、ふとした甘さ。そこを正すことの大切さを、沖田は自分たちの経験を通して伝える。
積み重ねた努力は、必ず結果に表れる。同じ悔しさを味わってほしくない――その思いが、言葉の端々ににじむ。

主将として過ごした一年は終わった。
だが、沖田勇真の歩みは、確かに次の世代へと受け継がれていく。

沖田勇真(おきた・ゆうま)
2025年、主将を務めた沖田。
小樽リトルシニア/3年
右投げ右打ち
177センチ、67キロ。
野球との出会いは父の影響だ。小学1年生の時、小樽幸ファイターズの体験に参加し、そこで感じた野球の面白さが競技を始めるきっかけとなった。

自分に厳しく、その先へ――山口颯大が振り返る原点と悔しさ

もし一年前に戻れるとしたら

その問いに対する答えは、自分自身への反省だった。
「もっと自分に厳しく、自主練などでもっと追い込めたらよかった」。
日本選手権でとかち帯広に敗れた試合。あの一戦を振り返ると、「自分がもっと打てていれば、勝てたんじゃないか」という思いが、今も心から離れない。

その悔しさは、他人に向けられたものではない。
すべて、自分自身への問いかけだ。

そして、後輩たちへ。

だからこそ、後輩たちに伝えたい言葉もまた、チームを思う視点に立っている。
「もっとお互いに厳しく、意見を言い合って、もっといいチームを作れたらいい」。

楽しさから始まった野球。
悔しさを知ったからこそ見えた課題。
山口颯大は、自分に向けた“厳しさ”を糧に、次の成長へと歩みを進めようとしている。

山口 颯大(やまぐち・そうた)
小樽リトルシニア/3年
右投げ、右打ち。
173センチ、70キロ。
野球との出会いは、6歳の頃だった。小学校に入る前、「何か一つ習い事をやってみよう」と父に勧められ、少年野球の体験に参加。そこで野球の楽しさに惹かれ、当時のオール手宮サンライズで競技をスタートさせた。
しかし、小学4年生の頃に転機が訪れる。団員不足により、隣のチームとの合併が決定。チームは北小樽ビーストとして、新たな一歩を踏み出すことになった。
学童野球6年時は日本ハムファイターズジュニアに選出。中学2年生時にはリトルシニア北海道選抜に選出され初優勝にも貢献した。
家族は両親と弟2人の5人。

協力:小樽リトルシニア

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