東練馬との激闘を4-3で制す 全員野球で北海道に栄冠
九州・佐賀県を中心に開催された「JA共済第17回林和男旗杯野球大会」は7月28日、決勝戦が行われ、北海道代表・札幌北リトルシニアが関東代表・東練馬リトルシニアを4-3で破り、2003年以来23年ぶり2度目の全国制覇を成し遂げた。
40度近い猛暑の中、初回から札幌北らしい積極的な攻撃で主導権を握ると、終盤には東練馬の猛反撃を受けながらも最後まで粘り抜いた。6試合を戦い抜く中で一戦ごとに成長を重ねた選手たちは、ついに悲願の全国の頂点へたどり着いた。
表彰選手には、最優秀選手賞に笠井心雅投手(緑苑台ファイターズJr出身/3年)、優秀選手賞に宮崎煌大投手(星置レッドソックス出身/3年)がそれぞれ選出された。
<林和男旗杯及び記念大会・北海道チームの活躍>
北海道連盟主管の全国選抜大会を除く他連盟主管の全国大会では、1994年の東北連盟主管大会を制した空知滝川リトルシニア、1997年の東海連盟主管大会を制した札幌新琴似リトルシニアに続く、北海道勢3チーム目の優勝となった。
また、北海道連盟主管大会を含めると、北海道勢としては通算7度目の全国制覇となる。
2026年 札幌北(九州開催)
2024年 札幌真駒内・豊田 同時優勝(北海道開催)
2018年 札幌東(北海道開催)
2008年 札幌新琴似(北海道開催)
2003年 札幌北(北海道開催)
1997年 札幌新琴似(東海開催)
1994年 空知滝川(東北開催)
イニングスコア
◆決 勝(7月28日、鳥栖市民球場)
札幌北リトルシニア(北海道)4-3東練馬リトルシニア(関東)
札幌北
3100000=4
0000030=3
東練馬
(北)宮崎、笠井、荒岡-松野
(練)阿部、髙橋、菓子野-橋爪
「普段通り」が生んだ最高の立ち上がり
決勝戦の勝敗を大きく左右したのは、松本竜輔監督も「やはり初回に3点を取れたこと」と振り返った立ち上がりだった。
初回、2番・部田香輔(緑苑台ファイターズJr出身/3年)がレフト前ヒットで出塁すると、水沼が四球を選び好機を拡大。4番・荒岡光政(東グレートキングス出身/3年)の打球で相手のミスを誘い先制点を奪うと、なおも攻撃の手を緩めない。5番・松野栞侑(北発寒ファイヤーズ出身/3年)がライト前へ運び、一気にこの回3点を先制した。
決勝という独特の緊張感が漂う舞台。それでも札幌北ナインに硬さはなかった。
「決勝だからと硬くなることなく、普段通りの野球をしてくれました」
指揮官の言葉通り、選手たちはこれまで積み重ねてきた自分たちの野球を迷いなくグラウンドで表現した。
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二回のスクイズが流れを決定づけた
勢いは二回も続く。
先頭・近藤健翔(前田リトル出身/3年)が気迫あふれるライト前ヒットで出塁。送りバントで一死二塁とすると、9番・大門賢佑(岩見沢学童野球クラブ出身/3年)がセンター前へ運び一、三塁。さらに積極果敢な盗塁で二、三塁とし、迎えた1番・笠井心雅(緑苑台ファイターズJr出身/3年)がスクイズをきっちり成功させた。
「この2回の1点も非常に大きかったと思います」
わずか1点。しかし、この追加点が終盤の激闘を考えれば、まさに勝敗を分ける価値ある1点となった。
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三投手の継投でつないだ優勝への道
マウンドには前日から連投の宮崎煌大(星置レッドソックス出身/3年)、笠井、荒岡の3投手が上がった。
一人で投げ切るのではなく、全員で守り切る——。
札幌北が大会を通して積み重ねてきた継投策を決勝でも貫き、リードを守り続けた。
「投手陣は宮崎、笠井、荒岡の3人でつなぎ、全員で勝ち切ることができました」
それぞれが自分の役割を果たし、最後までバトンをつないだ。
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王者・東練馬が見せた意地
しかし、全国屈指の強豪・東練馬は簡単には終わらなかった。
六回、それまで抑え込まれていた打線が一気に集中打を浴びせ、3点を奪取。一気に1点差まで迫り、試合は最終盤までもつれる。
「6回の攻撃は本当に見事でした。あの集中力は、さすが関東を代表する強豪チームだと感じました」
松本監督も相手をたたえた。
さらに「投手も素晴らしく、こちらもなかなか思うように打たせてもらえませんでした」と振り返るように、中盤以降は追加点を許してもらえない緊迫した展開だった。
それでも札幌北は最後まで慌てることなく、1点差を守り切った。
「先に点を取る」札幌北の野球を貫いた
松本監督が今大会を通して徹底してきたテーマがある。
「焦らず、慌てず、1つ1つを丁寧に向き合う姿勢」
その野球を決勝の舞台でも実践した。
初回3点、二回1点。
試合の主導権を握り続けたからこそ、終盤の猛追にも耐えることができた。
試合のポイントを問われた指揮官は迷うことなく答えた。
「初回に3点を取れたこと、そして2回に追加点を奪えたことです」
札幌北らしい攻撃が、日本一への道を切り開いた。


灼熱の九州で育った「全員野球」
北海道勢にとって、九州の暑さは最大の敵でもあった。
「暑さはある程度覚悟していましたが、実際はそれ以上でした。40度近い気温の中で戦う日もあり、北海道のチームにとっては本当に厳しい環境でした」
その過酷な環境の中でも、選手たちは日に日にたくましくなっていった。
「6試合を戦い抜く中で、本当に成長しました。九州に入ってからも日に日にたくましくなり、伸び伸びプレーして、締めるところは締める。その繰り返しができたことで、最高の結果につながったと思います」
さらに松本監督が何より誇らしげに語ったのは、チーム全員の姿だった。
「普段は出場機会の少ない選手たちも全国大会ではそれぞれが役割を果たし、数少ない出場機会の中で、普段以上に生き生きとプレーしてくれました。全員で勝ち取った優勝だったと思います」
ベンチもスタンドも、一つになった札幌北。
その「全員野球」が灼熱の九州で花開き、23年ぶりとなる歓喜の日本一を北海道へ持ち帰った。

協力:札幌北リトルシニア
